建築から解体まで“循環する建築”をデザイン。
素材の背景にある営みまで想像力を巡らせて
2025年4月、「2025年日本国際博覧会」が開催されます。会場となるのは、大阪湾に浮かぶ人工島・夢洲。大規模な万博は、2005年の愛知万博以来、大阪での開催は1970年の「大阪万博」以来で実に55年ぶりの開催となります。注目は建築家・隈研吾氏が設計する「いのちをつむぐ(EARTH MART)」をテーマに、転用可能な素材“茅”を大胆に使ったパビリオン。茅の一大産地である阿蘇をはじめ、全国各地の茅を用いたプリミティブかつ斬新な発想のデザインは、これまでの万博とは一味違ったメッセージが内包されているようです。そこで今回は世界で活躍する建築家・隈研吾氏にパビリオンの設計に込めた思いを伺います。
ー今回手がけられたパビリオンは、ダイナミックな“茅”使いが印象的です。ご自身と茅との出会いについて教えてください。
僕は神奈川県横浜市の里山のある町に生まれ育ちました。当時の横浜はすでに都市化も進んでいましたが、一方で昔ながらの里山の風景もしっかりと残っている場所でした。山裾に向かって農家が建ち並び、その向こうに田畑が広がるという典型的な里山の風景の中に僕の実家はありました。
そこで過ごした実家の母屋が茅葺きだったので、子どもの頃から動物と暮らしている感覚はありましたね。家の床下にはアオダイショウがいて、裏山にはキジ、沢にはカニがいる。そういう環境で育った僕にとって“茅”はふるさとの風景に欠かせない、ひときわ親しみがある素材です。
ー建築的な視点から見る“茅”の特性や、印象をお聞かせください。
工業化社会の素材は全体的にツルツルピカピカしているものばかりですが、茅はその対極にある。製材された木よりももっと原始的で、自然に近い存在です。加えて茅が面白いのは“草原”、つまり茅場と一体となって存在していることですね。日本の高温多湿な気候では草原はすぐに森になってしまいますが、そこを何千年という単位で人が手を入れ、草原を維持管理してきたわけです。その大きな自然の循環の中で、たまたまその一部が茅葺き屋根として活用されてきた、という人と自然のつながりそのものが“茅”という素材の大変興味深いところです。
茅の本質は、人類と草原の営みとセットで見た時に初めてわかるもの。“茅”という素材を建築のテクスチャーのひとつとして捉えれば、茅という素材の特性の一端を見たに過ぎません。それは木材も同様です。里山で木を伐って、使って、また植えて、木材という素材の背景にある、大きな循環まで目を向ける必要があると思います。
ー前回の万博が開催された1970年以降は、日本から急速に茅葺きが姿を消した時代でもありました。今回の万博にかける想いをお聞かせください。
前回の大阪万博は1970年、僕が高校一年生の時でした。その時の感想をひと言で言えば「疲れた」(笑)。それは僕だけじゃなく、多くの人がそのように感じたのではないでしょうか。その大きな理由としては、ツルツルピカピカした工業製品にあると思います。しかも炎天下となれば尚更です。
世界の新しいものを見ることができる万博は、当時の僕には憧れの世界でしたが、実際には想像とは異なるものが広がっていた。当時の僕は、無意識に工業製品に対する反感みたいなものを感じていたのかも知れません。同時にそこでの体験は、僕の建築人生の原点でとなっています。そういった背景から今回の万博は、僕にとって高校生の時に訪れた万博へのリベンジのようなところがあるのかもしれません。
ー今回の万博で“茅”という素材を起用された意図や思いをお聞かせいただけますか?
今、多くの現代人は人が自然とつながっている、自然をひとつの大きなサイクルで見ることを忘れてしまっています。その想像力の欠如こそ、人と自然の距離を遠ざけてしまった原因だと感じます。
今回のパビリオンは単純に建物として見るのではなく、パビリオンを構成する素材にはそれぞれにふるさとがあって、そこには人と自然の営みやサイクルがあるところまで感じとってほしいです。さらにこのパビリオンは会期後に別の場所で再び茅葺きとして使われる過程まで織り込んだデザインにしました。
そうした茅の転用可能性を象徴する葺き方として、アイヌの伝統的な手法である段葺きを採用しています。産業や工業の技術だけでなく、近代以前に人々が自然の中で培ってきた知恵や技術も含めて万博に集い、再び全国へと広がっていく流れを示すことで、循環する営みを体現したいと考えました。会場に訪れた人々には「屋根に使われてる茅は、再び全国各地の茅葺き建築に生かされる。リサイクルすることが前提でこういう形になっているんだよ」ということをメッセージとして、しっかりと発信することが重要だと思います。
ーたとえば「素材の産地へ訪れたい」と思ってもなかなか難しい部分がありますが、こういう場があることでそれぞれが日常のどこかで茅のふるさとである草原や、そこで育んできた人と自然の営みに思いを馳せるきっかけになりますね。
パビリオンには全国各地の多種多様な茅や葦(ヨシ)が使われます。茅や葦は地域性が強く出る素材で、工業製品のように均一ではありません。しかし、均一じゃなくとも人間の知恵と技術を持って向き合えば、ちゃんと現代の建築物としてもちゃんと成立させることができるという点も会場で感じ取ってもらえたら、と思います。
ー今後、茅や草原に期待することがありましたら教えてください。
イギリスでは、現チャールズ国王が自ら土地を購入し、教育の場として作ったハイグローブという地域があります。そこには新築の茅葺きがたくさん建てられています。しかも建物の周りには草原が広がっていて、生物や植物の生態、自然循環ということを考えて環境そのものがデザインされていました。そこに織物やファッション、建築の専門家たちを呼んでしばしばワークショップを開催しているそうです。茅葺きや草原は、そうした人と自然のつながりを再構築するための一種の教育の場として、新たな可能性を見出す場になると思っています。
ーこれからの建築と地域、自然環境の関係性はどのように変化すると思われますか?
スペインとの国境にあるフランスの山奥、ピレネー地方にはラスコーの壁画などが現存する地域があります。人間の原始的な暮らしが守られているその地域には、まだ茅葺きの建物が多く残っています。僕は今、その地域のコミュニティセンターを茅葺きで設計しているのですが、日本だけでなくフランスでも再び茅葺きに注目が集まっている状況を面白いと感じます。一方でイギリスのアイルランドはほとんど草原が無くなってしまいましたが、茅葺きの建物はまだまだ残っています。茅葺きの知恵と技術を継承していくことは、地域の自然と調和した建築という観点からも、これからますます重要になってくると思います。
そうした意味で今回設計を担当したパビリオンは、持続可能性やサステナビリティという現代的な流れも踏まえて、これまで人々が長い歴史の中で継承してきた自然とつながる知恵と技術の集大成となるはずです。一つの時代の転換期を象徴するものとして、より多くの方の記憶に刻まれていくことを願っています。
建築家 隈 研吾(くま けんご)
【Profile】
1954年生まれ。1990年に『隈研吾建築都市設計事務所』を設立。慶應義塾大学教授、東京大学教授を経て、現在は東京大学特別教授・名誉教授。40を超える国々でプロジェクトが進行中。自然と技術と人間の新しい関係を切り開く建築を提案する。主な著書に『日本の建築』(岩波新書)、『全仕事』(大和書房)、『点・線・面』(岩波書店)、『負ける建築』(岩波書店)他