ふつうに暮らすあなたと草原がつながってゆく 7つのストーリー【プロローグ】

「このままだと確実に草原は絶滅します」

取材の終盤に差し掛かった頃、やわらかな笑みを浮かべながらその人はそう言った。
衝撃だった。衝撃すぎて2度聞いた。

「え?本当にどうにもならないんですか?」
「はい、このままだと」。

吹き荒れる木枯らしをもろともしない温かな笑顔で迎えてくれた方とは思えないほど厳しい宣告。

人々は草原の中に“草泊まり”をこしらえて夜が明けるのを待ち、作業に取り組んだという。数人がかりならものの1時間ほどで組み上げられていた

その日、お話を伺った鷲津さんは「ふるさとの草原を守りたい」と熊本の花型産業である半導体事業のエンジニアから「公益財団法人 阿蘇グリーンストック」へ転職。草原のために日々奔走しているにも関わらず、自身が人生をかけて守ろうとしている“草原”は、近い将来消えてしまうと断言したのだ。

美しい陰影が浮かび上がる山肌に思わずうっとりしてしまう。実際はかなりの斜面だが、ここも人の手で維持されている“草原”だ

古くから阿蘇には草原を活用して暮らす文化があること。高齢化と過疎化で阿蘇の草原は、年々減少していること。1995年からボランティアを募って草原の手入れをしていること。

ひとしきり聞いたけれど、それらは草原と人間のながーーーい歴史のほんの一端。(阿蘇の草原の歴史は一万年!つまり縄文時代!?)鷲津さんの熱量と草原の現実のギャップを理解することは人と自然の歴史に目を向けることそのものだった。

「阿蘇草原保全学習センター」にて。草原のことを学びたいと思ったら、まずはこちらを訪ねてみて

帰り道、車を走らせながら考えた。
熊本に住みながら阿蘇がなぜ美しいのか、その理由も知らなかったしそもそも草原って?(原っぱとどう違うの?)という感覚だった。草原は人の手で守られてきた“自然”でありだからこそ今の阿蘇があることも知らなかった。(むしろ自然って人が足を踏み入れなければいいと思ってた!)

目を瞑れば阿蘇の草原が浮かぶのに、そんな身近な自然に対してこれまであまりにも無自覚に生きてきたのだなぁと思い知る。

野焼き後の草原はこんな風に。黒い大地は、3週間もすれば緑の大地に覆われてしまう、その生命力に圧倒される

以来、わたしにとって阿蘇の草原は、癒やしであると同時に、“自然”や“環境”、“人と自然の営み”をまなぶ最高の教科書だ。草原独自の生態系は驚くほど豊かな一方で、草原は本気でたくさんの人の力を必要としていることも今ならわかる。

こうして草原の魅力に取り憑かれたわたしは、ひょんなことから「阿蘇草原再生プロジェクト」に関わらせていただくことになった。今となっては“草原ライター”として草原の“現場”にことあるごとに足を運び、草原の壮大な世界を追い続けている(草原って人が関わっている自然だからこそ、“現場”があるんですよ!)。

そんなわけでこの連載では、これまで草原とはかけ離れた生活を送ってきた人たちが、阿蘇の草原や草原に関わる人を通じて、草原の魅力に目覚めていく姿を綴っていきたいと思います。

Profile

草原ライター
中城 明日香 Nakajo Asuka

編集者・ライター。草原と島の奥深さに魅せられた編集者・ライター。タウン情報誌や編集プロダクションを経て独立。“毎瞬”を楽しむ姿勢でライフスタイルから観光、自然やアート、農業、教育の分野まで幅広く執筆。「死んだら草原に散骨してほしい」と本気で思っている2児の母。

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【媒体】
ritokei(離島経済新聞社)    
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熊本の家と暮らし.

【冊子】
「生まれた日から歩くまでの発達ガイドブック」他

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